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東京高等裁判所 昭和51年(行ス)11号 決定

抗告人 鈴木良一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。頭書取消請求事件の被告を下館市から下館市長下濫正雄に変更することを許可する。」旨の裁判を求め、その理由として主張するところは、別紙記載のとおりである。

よつて判断するに、前記取消請求事件の訴状によれば、当事者欄には、被告として「下館市、右代表者市長下条正雄」と記載されており、これに請求の趣旨、原因の記載を総合的に考慮するときは、右事件の被告とされたのが地方公共団体たる下館市であつて行政庁たる下館市長下条正雄ではないことが明らかである(行政事件においても当事者の確定については訴状の記載を基準とする表示説によるべきである)。そして、下館市と下館市長とはその法的人格を異にするから、被告を下館市から下館市長下條正雄に変更することは、当事者の変更に該当し、これを単なる表示の訂正によつてまかなうことは許されない。

ところで、本件訴えは、右訴状の記載から明らかなように、抗告人に対してなされた派遺命令の取消しを求めるものであるから、いわゆる処分の取消しの訴えに当るものとして、行政事件訴訟法一一条、地方公務員法六条により、右派遣命令を発した行政庁たる下館市長下條正雄を被告とすべきものであり、したがつて、地方公共団体たる下館市を被告としてなされた本件訴えは、被告とすべき者を誤つた場合に該当する。

そこで、抗告人が被告とすべき者を誤つたことにつき故意又は重大な過失がなかつたかどうかについて検討する。前記取消請求事件の記録によれば、右派遣命令がなされたのは昭和四八年三月一日であるが、その辞令書には任命権者として下館市長下條正雄の職名が明記されており、抗告人が右発令直後に地方公務員法四九条二項によつてなした不利益処分に関する説明書の交付要求においても、下館市長下條正雄が相手方として明示されていること、抗告人が本件訴えに先立つて申立てた審査請求事件の裁決書においては、当事者として「請求人鈴木良一(本件抗告人)」、「処分者下館市長下條正雄」の記載が明示され、判断中においても、処分者が下館市長であることを示す説示がなされていること、右審査請求事件においては、本件訴え即ち本件抗告事件の代理人たる弁護士らが、請求人の代理人となり公平委員会における口頭審理に関与する等の活動をしていることがそれぞれ疎明される。

右事実によれば、本件訴えの代理人たる弁護士らが訴えの提起に当つて少しの注意を払い前記法律の規定や辞令書、裁決書の記載を検討しさえすれば、処分者が下館市長下條正雄であつてこれを被告として処分の取消しの訴えを提起すべきことは容易に判明しえたものというべく、したがつて、下館市を被告として本件訴えを提起したことは、右代理人らが法律専門家として要求される注意を著しく欠いたものといわざるをえず、代理人のこのような不注意は、本人たる抗告人にもその効果が及ぶことはやむをえないから、抗告人が被告とすべき者を誤つたことについては重大な過失があつたものといわなければならない。

なお、前記審査請求事件の申立書には、当事者として「処分者下館市役所、右代表者市長下條正雄」なる記載がなされており、審査手続においても右記載についてはとくに問題とされることもなく経過したことがうかがわれるが、審査請求の趣旨、理由には下館市長下條正雄が処分者であることが明記されていたことから、公平委員会においては、下館市長下條正雄を相手方として審査手続を行い、裁決書においても、前記のごとく、「処分者下館市長下條正雄」と表示したことが推認されるので、相手方が右申立書の記載についてとくに異議を述べなかつたからといつて、前記結論を左右するには足りない。

以上のとおりであつて、本件の申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用を抗告人に負担させることにして、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉岡進 園部秀信 太田豊)

(別紙)

抗告の理由

(原決定の不当性)

原決定は相手方の主張をすべて認めて抗告人の申立を却下した。しかし、抗告人が被告とすべき者を誤つたことについて「故意又は重大な過失」がなかつたものであり、原決定は不当である。

そもそも行政事件訴訟法第一五条の立法趣旨は、現代の複雑な行政組織の機構の中で、あるいは行政事件訴訟法との関連の中で、応々にして被告にすべき者が判らない場合が多く、被告を誤る場合が多いことを想定してできるだけ救済の道を開くために設けられたものであり、かつ、行政訴訟は行政庁の違法な処分に対する救済機能を営むものであり、可能なかぎり救済のルートにのせることが要請されるのである。

右の立法趣旨および本件は、被告の変更にあたるとしても「訴の実質的同一性」はもとより、被告についても実質的同一性が維持されている事案であること、従つて瑕疵は軽微であり、かつ相手方は審査申立については何ら異議を述べず、下館市で積極的に応訴しておきながら、本件訴訟にいたつてはじめて異議を述べてきたもので、いわば異議権の濫用であり、異議行使は許されないものであるを考慮するならば、抗告人に重大な過失があつたとはとりたてていいえない筈である。(尚、詳細は抗告人の昭和五一年五月二七日付準備書面および同年七月八日付上申書に求べてある)

原決定は不当であるのでその取消を求める。

原審決定の主文及び理由

主文

本件申立を却下する。

理由

一、本件申立の趣旨

当庁昭和五〇年(行ウ)第一二号派遣命令取消請求事件の被告下館市を被告下館市長下條正雄に変更することを許可する。

との決定

二、本件申立の理由

(一) 当庁昭和五〇年(行ウ)第一二号派遣命令取消請求事件(以下、本件訴という。)につき被告を下館市としたのは誤りである。

(二) しかしながら、申立人が右の誤をなすについては、次のとおり重大な過失がない。

申立人は、本件訴に先立ち、昭和四八年四月二六日付で下館市ほか四ケ町村及び一部事務組合公平委員会に対し、下館市長下條正雄(以下、下館市長という。)が同年三月六日申立人に対してなした同月一日付で筑西食肉衛生組合へ派遣を命するとの処分(以下、本件処分という。)の取消を求める審査請求の申立をなしたが、その際、右審査請求の申立書において、処分者を下館市長とすべきであつたのに、誤つて、「処分者下館市役所 右代表者下條正雄」と表示したが、審査請求の理由第二項、第三項には処分者が下館市長であることが明記されており、処分者側も右表示にとらわれず、何らの異議もとなえず、下館市長が相手方であると了解して積極的に応訴して来た。また、前記公平委員会も、右のとおり了解して昭和五〇年七月二八日本件処分を承認する旨の裁定をなした。

申立人は、以上の被告側及び前記公平委員会の対応から、本件訴においても安心して前記審査請求申立書を引用して被告の表示をしたばかりでなく、本件訴における請求の趣旨及び請求の原因第二項、第三項の記載によれば、本件処分の処分者が下館市ではなく下館市長であることは明らかであつて、前記誤りは実質的には単なる被告の表示の誤記にすぎず、被告の表示の訂正で足りる程のものである。従つて仮に申立人に不注意があつたとしても、それは軽微であつて、重大な過失とはいえない。

しかも、かかる誤を救済の道から閉ざすことは、複雑な行政組織機構の中で応々にして被告とすべき者が判らない場合が多く、被告を誤る場合が多いことを想定して、できるだけ救済の道を開くために設けられた行政事件訴訟法第一五条の立法趣旨を逸脱することになる。

三、当裁判所の判断

(一) 申立人代理人らは、本件訴は「下館市」を被告と表示したが、これを「下館市長」の表示にかえることは、被告の表示の訂正として許される程度のものであると主張するけれども、本件訴状の被告の表示は「下館市 右代表者市長下條正雄」、請求の趣旨の表示は「被告が原告に対して、昭和四八年三月一日付筑西食肉衛生組合への派遣命令はこれを取消す。」とあり、その請求原因における本件処分者も被告(請求原因第二項)と記載し、僅かに本件処分の違法性の主張事実(請求原因第三項)に「下館市長が……條意的、報復的人事を行つたものである。」との記載があるが、同項には「被告は……本件派遣命令と矢つぎ早の降格人事を強行してきた。」等処分者は被告である旨の記載も混在するところ、第一回口頭弁論期日において、請求の趣旨の本件処分の日と請求原因第二項の本件処分者を、被告(下館市)から下館市長に訂正したに止まつたことは一件記録によつて明らかである。

従つて、本件訴の被告は下館市とみるほかはなく、これを下館市長にあらためることは当事者の変更に当るから、被告の表示の訂正としてとうてい許されるものではない。

(二) ところで、処分の取消の訴えは、行政事件訴訟法一一条一項によると原則として処分をした行政庁を被告とすべきものとされているところ、申立人が取消を求める処分をした行政庁は下館市長である(地方公務員法六条一項)から、本件訴の被告は、下館市とすべきではなく、下館市長となすべきものであることが明白である。しかるに本件訴は前叙のとおり被告を下館市として提起されたものであるから、被告を誤つたことになる。

(三) そこで、進んで申立人が被告とすべき者を誤つたことについて、故意又は重大な過失がなかつたかどうかについて判断する。

本件記録によると、申立人は、約三年近く下館市の総務部長の地位にあつたものであるが、本件処分を受けた際受領した辞令書には、任命権者として下館市長と明記されており、申立人は、本件処分後の昭和四八年三月三一日付書面で、意に反する不利益処分を受けたとして、地方公務員法四九条二項により、任命権者である下館市長に対し処分の事由を記載した説明書の交付を請求していること、申立人は、本件訴に先立ち、昭和四八年四月二六日付で当該公平委員会に対し、下館市長がなした本件処分の取消を求める審査請求の申立をしたが、その際、審査請求申立書において、当事者の表示の処分者欄を「処分者下館市役所 右代表者市長下條正雄」と表示したけれども、審査請求の趣旨及びその理由第一項ないし第三項には処分者が下館市長であることが明記されており、右申立書のその余の記載においても処分者が下館市であると認められるような記載は全くなかつたこと、そのため、前記公平委員会は、下館市長を処分者として審理をすすめ、昭和五〇年七月二八日本件処分を承認する旨の裁決をしたが、その裁決書にも処分者は「下館市長」と明記していること、弁護士である申立代理人両名は、右公平委員会において、申立人の代理人としてその審理手続に関与したものであるから、右経緯を十二分に知つていたものと推認されること、しかるに申立代理人らは、前叙のように、本件訴を提起するに当り、被告を誤つて「下館市」としたこと、以上の事実が認められる。

右事実によると、本件訴の訴訟代理人らは、本件訴の提起にあたり、被告とすべき者が下館市長であることを十分に諒知していたものとするほかない。それにもかかわらず、被告を下館市と誤つて本件訴を提起したことにより、この誤りは僅かな注意を払えば避けることができた筈であるから、その過失は重大であるといわざるを得ない。

行政事件訴訟法一五条一項の被告変更の制度は、出訴期間の関係で原告が被告を誤つたため被る不利益を救済することを目的とする制度であつて、本件申立を却下するときに被る申立人の不利益は理解に難くないけれども、本件のように、被告とすべき者を誤つたことについて重大な過失があつたものと認められる以上、本件被告変更の申立は許されない。

(四) 以上のとおり、申立人の本件申立は理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

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